国六木材通信

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知覧特攻平和会館

e0336405_10050307.jpg 先日休みを取り鹿児島の知覧特攻平和会館へ見学に行ってきました。行ってみたいと思ったきっかけは、日曜の昼間にやっているテレビ
番組のパネラーが東京・靖国神社の遊就館、沖縄・ひめゆりの塔、
鹿児島・知覧は戦争の悲惨さを知るうえで一度は訪問するといいと
言っていたのが印象に残っていたので。
 数年前に遊就館を見学し、戦地へ向かう若者の家族に宛てた手紙に涙したことを思い出しましたが、知覧はほぼ全員なのでしょうか、第○○振武隊・○○○○と写真と共に名前が書いてありました。おおよそ全国から集められた20歳前後の若者の中には岐阜の清見村出身者も見えました。
 手紙や遺言の相手はお母さん宛てのが多いようです。そしてみんな字がきれいで達筆なのに驚きました。当時は発言や文章には言論統制があり、本心を伝えることは出来なかったようです。
 なぜ20歳前後の若者ばかりなのか?次に日本を背負って立たなければいけないのに。沖縄戦で陸軍の特攻隊員戦死者数は合計1,036名。その内、知覧からは439名が出撃しました。そして1,036名の内、岐阜出身者は21名(愛知43名)。特攻部隊で九州から出撃した部隊を振武隊、台湾から出撃した部隊を誠飛行隊と呼んでいました。出撃前の写真で部屋でくつろぐ姿は、今の若者の合宿の光景と何ら変わらず笑顔で戯れているものもあります。
 私はもちろん戦争を知らない世代で戦争の悲惨さは人から聞いて何となく分かっているだけ。現在私の息子は丁度この年頃なのですが、特攻隊員の親御さんの気持ちを考えると軽々しくものが言えません。人それぞれ感じることは違いますが、そんな時代があったから今の日本の姿があることは間違いないことで、その時その時代の実権者の判断でその後の姿は大きく変わってしまう。そのことだけは戦争だけでなく、いろいろな場面で言えることです。
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陸軍主力戦闘機”隼” 零戦に次いで2番目に多く作られた。展示してある機体は映画『俺は、君のために死ににいく』の撮影のため実寸大で精巧に制作された。
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 特攻隊員たちが出撃するまでの間寝起きしていた半地下式兵舎。上空から見えにくくするため杉林の中に建てられていた。中で隊員たちは日の丸に寄せ書きを書いたり故郷へ送る遺書や手紙を書いたりしていた。



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  次の機会に沖縄・ひめゆりの塔を訪問したいと思っています。

                  by takenaka




余談:今回セントレア⇔鹿児島空港は格安航空を使い、往復7,000円/人でした。(もっと安いのもあるらしい)
   昔秋田に住んでいた頃、名古屋空港まで片道15,000円くらいだったような?

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by kuniroku-m | 2015-03-07 09:28 | Comments(0)